大学寮・学生寮を知る2024.03.05
大学寮ライブラリー特別連載『大学寮のいま』。今回は、現代の学生寮の最前線とも言える、アメリカの大学寮に焦点を当てます。北米の大学の学生寮のプログラム・サービスの研究をされている名古屋大学教育基盤連携本部・高等教育研究センターの安部有紀子准教授に、アメリカの学生寮の変遷とレジデント・アシスタントの重要性について詳細に解説いただきます。アメリカの学生寮がどのように発展してきたか、そして日本を含む世界の大学に与えた影響について理解を深めるための貴重な情報を提供いただきました。
☑️ アメリカの学生寮の変遷:17世紀の学寮カレッジから現代の「ホール型」寮への進化を追いながら、アメリカの大学が学生寮における教育的プログラムとサービスに重点を置くようになった経緯とその意義が理解できます。
☑️ 大学経営と学生寮の強い結びつき:学生寮の運営が大学経営の戦略的な部分として位置づけられており、専門職や学生スタッフの導入によって学生寮が「生活の場」から「学びと成長の場」へと変化している過程を理解できます。
☑️ レジデント・アシスタントの重要性:アメリカの大学における学生寮で、レジデント・アシスタントの中心的役割とその活動が、学生の個人的および学業的成長、コミュニティ形成、多様性と包摂性の推進にどのように貢献しているかを詳細に知ることができます。
学生寮は学生が大学生活のスタート時に最初に学生が到着する場所であり、夏にキャンパスを去る時に最後に見る場所である。学生寮のホールはキャンパス内の『学生の家』である。そこで形成される仲間との関係性は、学生としての自身を確立するための非公式なキャンパス文化を学ぶことを助ける(Blimling 2015: xv)。
いま、日本の大学の学生寮は大きく変化しようとしています。例えば、さまざまな教育的な取り組みを行なっている大学の学生寮に注目が集まっていますが、それはどこからやってきたかご存知でしょうか。先に答えを言ってしまうと、その取り組みの多くは、アメリカの大学の学生寮が元になっています。もちろん、日本の大学だけではありません。
私たちの研究プロジェクトでは、日本、東アジア、ヨーロッパ、北米の大学の学生寮のプログラム・サービスの情報を収集し、比較してみることにしました。その結果、もちろんその国の大学の成り立ちや社会性、学生の置かれた環境は全く異なるにもかかわらず、多くの国でアメリカ式の学生寮のプログラム・サービスのエッセンスを取り入れようとしていることが分かってきました1)。
では、多くの国がなぜアメリカ式の学生寮のプログラム・サービスを注目しているのでしょうか。どのような点が魅力的に映るのでしょうか。私はその理由を、アメリカの大学の学生寮が1990年代以降に重点的に取り組んできた「学習するためのコミュニティの形成」と「学生同士の緩やかなつながりの組織化」にあると考えています。
もともと、アメリカの大学は17世紀にハーバード大学の設立と同時に始まったと言われています。当時の大学の学生寮は、年若い学生(おおよそ12歳-14歳ごろ)に対する生活上の規律管理の場として、学長が一緒に居住し、公私にわたって指導をしていました。いわいる英国式のレジデンシャル・カレッジ(以下、学寮カレッジと呼称)です。この学寮カレッジは、現在でもリベラルアーツカレッジと呼ばれるような比較的小規模な大学を中心に、今でも人気が高い様式として残っています(橋場 1999)。
しかし、多くの大学では、学寮カレッジは20世紀半ばに終焉を迎えることになります。その原因は何だったのでしょうか。そもそも、学寮カレッジは「家族的な雰囲気の中で教員と共に居住する」「生活上のルールが厳しい」ことが特徴として挙げられます。そのため、研究志向の高まりによって起きた「教員の学生離れ」や、厳しい生活ルールを嫌がった学生からの反対運動をきっかけに、新しい寮のあり方が模索されるようになりました(安部・植松 2022)。
この時に多くの大学が採用したのが、「ホール型」と呼称されるマンションのような大型の建物に沢山の学生が居住する学生寮の形態です。皆さんがイメージする「アメリカの学生寮」は恐らく「ホール型」の寮ではないでしょうか。そこには教員ではなくトレーニングを受けた学生スタッフ(レジデント・アシスタント)や、ホールディレクター(コーディネーター)などの名称で雇用される専門職が雇用されるようになりました(蝶・安部 2023)。
専門職や学生スタッフが登場したことは、アメリカの大学の学生寮の発展において多くのメリットがありました。一つは、大学院で専門的な訓練を受けた専門職たちが、「学生のお世話をする人」ではなく、「科学的根拠に基づいた効果的なプログラム・サービスを提供する人」へと変化したことです。アメリカの大学では、どのような形態の学生寮であっても、さまざまな教育的なプログラムが提供されています。例えば、「夜遅くまで騒ぐルームメートに対して、どのように注意すれば良いか」などの「問題対処のためのワークショップ」など、具体的な生活上のトラブルや問題を乗り越えていくためのトレーニング機会や、学生寮内の仲間づくりのための様々なイベント、学生寮の運営にかかわるリーダーシップの機会など、全てが「学びのきっかけ」として、学生自身の成長を目標において展開されていきます。
学生の生活面でのケアだけでなく、このような教育的なプログラム・サービスの戦略計画を立て、学生を巻き込んで実施していくことが学生寮部門で雇用されている専門職のスタッフの仕事です。
もう一つは、専門職や学生スタッフの雇用は、大規模な寮の運営を可能としました。例えば、私が2022年10月と2024年2月に訪問したメリーランド大学カレッジパーク校の学生寮では、約1万人の寮生を抱えており、その70%は新入生で占められています。メリーランド大学の学生寮は、「テーマ別ハウス」や「学寮ベースの学習コミュニティ(Living Learning Community)を取り入れていますが、主流は80% 以上の学生が居住する従来型の「ホール型」です。(蝶・安部 2023)。
メリーランド大学カレッジパーク校では、4つの高層ビル式と、24のアパートメント・ハウス式の学生寮がありますが、その約80%は「ホール型」が占めています2)。ホール型の寮には約3-400名の学生スタッフが雇用されており、様々な活動を行っています。
メリーランド大学カレッジパーク校学寮部門のオフィス
中には、セキュリティ担当(寮の入口で人の出入りをチェックする係)や、問い合わせ担当、学生の管理担当といった学生寮の運営を担う学生スタッフのほか、イベントの企画担当といったポジションもあります。そして、寮生の個人的なニーズに対応したり、成長をサポートするために、45-70の寮生に対し一人の「レジデント・アシスタント」が配置されています。
レジデント・アシスタントは、学生寮の中でリーダーシップやコミュニケーションスキルを身につけ、担当する寮生の学業と個人の成長を支援する環境を提供することが大きな目的です。他にも、さまざまな寮生のトラブルを解決することや、生活上のルールを定め、皆で守るために働きかけること、生涯にわたる友人関係を築くための機会を提供することなど、寮生活のコミュニティ形成のための中心的な役割を果たすことが期待されています3)。
このようなレジデント・アシスタントに対する期待からも、大学は学生寮に対して「寮生が主体的に学生寮のコミュニティに参加している状態」を目指していることがうかがえます。また、「レジデント・アシスタントの責任」の最初の項目には、「安全かつ包摂的・迎え入れる雰囲気をつくる」と記述されています。同じ大学に所属する学生とはいえ、学生寮には多様な価値観や生活スタイルを持つ寮生が集ってきます。現実的な生活の場では、これまでの「当たり前」が通用しないことも多く、困難にぶつかることも多いでしょう。
特にアメリカの大学では、もともと学生寮は「異文化理解」を促進する場としての役割を担ってきました。メリーランド大学カレッジパーク校では、学生たちを取り巻く社会の変化を反映し、さらに一歩進んだ「多様性」「公平性」「包摂性」などを学生寮の戦略の柱の一つとして定め4)、レジデント・アシスタントのトレーニングにもその考え方を反映しています。
今回取り上げたメリーランド大学カレッジパーク校だけでなく、多くのアメリカの大学の学生寮では、レジデント・アシスタントのような学生リーダーを配置し、彼らを組織的に活用することで、キャンパスの中の中心的なコミュニティである学生寮の活性化に熱心に取り組んでいます。
アメリカの大学ではコロナ禍を経て、今また学生寮の増設やレジデント・アシスタントの雇用拡大が再開しています。その背景には、学寮生活を経験した学生のうち、特に教育的なプログラムに参加した学生の顕著な学業達成率(リテンション率、批判的思考力、GPA、学習態度など)に関連する様々な研究成果の影響があります(Blimling 2015)。しかし一方で、単に学生同士が同じ学生寮のフロアで居住し、共同生活を送るだけでは十分な効果が出ないこともわかってきています。これらの教育的なプログラムの提供や、コミュニティ形成、生活面でのサポート(場合によっては他の学生のロールモデルとして)などの中心的な役割を担っているのがレジデント・アシスタントです。
学生寮の専門職は、レジデント・アシスタントの育成やアドバイスを行うことが主な業務になります。そして専門職の活動方針の中心には、大学全体の教育目標(この大学は学生にどのように成長して欲しいのか、何を重視しているのか)が常に置かれています。学生寮は学生にとって生活の場であり、人間的な成長を担う場であることは間違いありません。しかしそこに加えて、レジデント・アシスタントを含めた寮生の成長は、常に大学の教育目標につながっていくように考えられています(蝶・安部 2023)。
華やかな学生生活を謳歌しているようなイメージのアメリカの大学の学生寮ですが、その華やかさを支える裏側には、学生寮に関わる専門職の人たちの「大学教育の一端を担う学生寮」への転換の挑戦があったことをぜひ、知っていただきたいと思い、今回ご紹介いたしました。「生活の場から学ぶ場へ」日本の大学の学生寮もこれからどのように発展していくのか、楽しみです。
安部有紀子(あべ・ゆきこ)
名古屋大学 教育基盤連携本部 高等教育研究センター准教授。
これまでに九州大学・大阪大学で、教育改革部門の特任助教、講師、准教授を歴任し、全学の教育改革・大学院共通教育の運営を担う。専門領域は、高等教育マネジメント、学習者中心主義の大学教育、学生支援。現在は主に学生支援の組織、システム、専門職養成(日米比較)、学生寮における教育プログラム開発、学生の学習を促すピア活動(ピア・サポート、学習支援、学寮アシスタント)などを研究。