大学寮・学生寮を知る2023.03.30
※この記事はドーミーラボの許可を得て転載しています。
あらゆる学校行事や課外活動が自粛・中止に追い込まれたコロナ禍。
多感な10代の成長期に「他者と接する機会」をことごとく奪われてきた学生たちにとって、学生寮はその体験を取り戻すチャンスに溢れた絶好の場所といえるかもしれません。学生たちの変化やニーズを受けて、学生寮はいま、どんなターニング・ポイントを迎えつつあるのか。日本大学文理学部の望月教授にお話を伺いました。
大学では今年度(2022年度)から、ほとんどの授業が対面に戻りましたが、やはり集団活動の機会を奪われてきた、いまの学生たちの様子が少し気になります。みんなで学校行事などに取り組んで盛り上がったりした経験—つまり人と関わる機会が少ないまま、スルッと大学生になっているので、私たち教員側から見ていても、「迷惑こそかけてこないけど、なんか活気がないなぁ」という印象がありますね。素直といえば素直なんですが……。
コロナ以前であれば「心理的安全性をいかに確保するか」や、コンフリクト・マネジメント(注1)を重視していたのですが、今の学生たちにはそもそもコンフリクトを避ける傾向があります。発言して叩かれるなら、あるいは他者を叩くことになるなら、そもそも発言しない。だから、もちろんコンフリクトをどう乗り越えたかの成功体験なんて持ち合わせていないのです。自粛期間を通じて「必要以上に人と関わらないこと」が推奨されてきてしまったことが背景にあると思います。
注1:他者との対立や葛藤などネガティブな要素を成長や進展の機会としてポジティブに捉え直して問題解決に臨む考え方。
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ただ、かといって学生たちがみんなコミュニケーション不全に陥っているかというと、そうでもないようなんです。
私が学生寮の運営に関わり始めたきっかけはお茶の水女子大学の学寮「お茶大SCC(注2)」の立ち上げなのですが、お茶大のスクール・ミッションが「社会の多方面で活躍する女性リーダーの育成」だったこともあり、そのような学生をいかに学生寮から輩出するかということを考えてきました。学生寮での生活を通じて、地方出身の学生たちも自信を持って自分の個性を発揮でき、やがてリーダーとなるような人材に成長させていくことが、成功モデルになると思ってきたんです。
ですが最近だと「みんなをまとめる」とか「引っ張っていく」とか「叱咤激励する」というタイプの人よりも、「みんなが発言できる機会や空気をつくれるようなタイプの人」が求められているように見えます。直接的な指示や旗振りではなく、場を和ませつつ、その場の状況でコンセンサスをとって、発言や行動を促すような「さりげなくみんなをコントロールできる人材」というのが、今の学生たちが見出した、今後いろんな場面で活躍できるリーダー像なのかもしれません。
注2:OCHANOMIZU-U STUDENT COMMUNITY COMMONS
学生たちの変化を受けて、学生寮もウィズ・コロナ/アフター・コロナ時代ならではの新たな価値を持ち始めています。特にいわゆる「教育寮」では、コロナ前だと比較的ステータスの高い学生たちが「さらに高みを目指す場」という位置付けだったのですが、最近は必ずしもそんなことはなくなり、様々なタイプの学生が入寮するようになりました。「コロナ禍で感じずに済んだ人間関係の煩わしさ」とか「高校時代に経験できなかった集団活動の苦労」といった、人間的成長のための機会を取り戻す環境として、ニーズが高まっているのではないかと思います。
また大学側でも、90年代頃から世界的に広まっていった「リビング・ラーニング・コミュニティ(Living Learning Community)」(注3)の流れもあって、いわば「24時間成長できる環境」として、教育寮の機能を重視した施設やプログラムの提供に動き出しています。日本においては、一部の大学寮で先行して取り組みが進んでいて、全体としてはこれからという段階ですが、「自分が成長できる環境がある寮があるかどうか」が、今後大学選びの選択肢としても増えていくのではないでしょうか。
注3:生活と学習カリキュラムを関連付けてコミュニティを形成していく学寮プログラム
学生時代って「大学のキャンパスにいない時間」も意外と長いので、その時間をどういうふうに過ごすのかということは、卒業後のキャリア形成や自己実現にも影響する大きな問題なんですよね。その点、教育寮という施設を用意しただけではやはり不十分で、たとえば一部の大学寮や、学生会館ドーミーで導入されているRA制度(注4)は、やはり重要な「仕掛け」のひとつだと思います。
私が、RA制度の効果としてあらためて期待しているのは、近年注目されている「非認知能力」や「エゴ・レジリエンス」の向上です。
例えば、RAとしてルール作りやイベントの企画をするにあたって「みんなが関わりやすい環境や意見を出しやすい空気をつくれるかどうか」というのは実はとても高く評価されるべきポイントですよね。それこそ数値や目に見える評価としては表しにくいものですが、先に挙げたこれからの新しいリーダー像に求められる「非認知能力」の一つになるだろうと思います。
エゴ・レジリエンスというのは、いわば「日常生活のささいなストレスからの自己回復力」です。これについては私の授業でも扱っているのですが、学生から「この力を私は身に付けたいです!」という反応もあったりして、日々の切実な思いが集約されているのを感じます。
他人との関係性から生じるものであれ、自分のメンタルの不調によるものであれ、ちょっとした違和感やイライラへの対応力というのは、どんなキャリアにも通じることですから、おそらく誰もが欲しているものですよね。RAを経験することは、社会に出る前にエゴ・レジリエンスを身に付けるチャンスといえるでしょうし、RA以外の寮生にとっても、RAという存在から受ける影響は決して小さくはないのではないでしょうか。
注4:RA(Resident Assistant)制度®のご紹介-学生会館ドーミー
もちろん誰にとっても合う寮はないでしょうし、逆に誰にとってもNGな寮というのもあまりないと思います。重要なのはやはり「相性」。寮の見学に足を運ぶ前に、まずは「大学生になったら、自分はどんな人たちとどんなふうに過ごしたいのか」ということを思い描いてみてください。
また、親御さんにはお子様の性格やこれまでの過ごし方などを振り返ってみていただいて、「うちの子にはこういう環境が合うんじゃないか」「こういう環境なら成長できるんじゃないか」といったことをイメージしてみていただけたらと思います。
ポイントはやはり、大学生になるご本人を主語として、主役として考えることですね。何か選択しなくてはいけない時って、つい「その選択肢にはどれだけ価値があるのか?」と世間からの眼差しで見てしまうものなんですが、「当事者自身にとってどうなのか」という物差しをずらさずに考えてみてください。
その際、ご本人だけで考えてしまうと、どの選択も魅力的に見えてしまう場合もありますし、逆にどれに対しても抵抗感を抱いてしまう場合もあるので、やはり親御さん・保護者の思いやご意見も軸にしながら絞り込んでいくことも大切です。
今の自分に合うところが本当に居心地の良いところなのか。本当に自分を成長させてくれるのか。その視点をご本人と親御さんが共有したうえで、寮の見学に足を運んでみたり、情報に当たってみると良いと思います。
学生寮の選択は、大学・学部を選ぶ以上にその後のキャリアの分岐点になる可能性もあります。
学生寮での学生生活を検討されているみなさんは、ぜひこの機会に「大学で何を勉強したいか」ということだけではなく「自分はどういう大学生になりたいか」を考えてみてください。
望月由起(もちづき ゆき)
1969年東京都生まれ。日本大学文理学部教育学科教授。2004年、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程単位取得満期退学。2005年、博士(学術)。横浜国立大学専任講師・准教授、お茶の水女子大学准教授、昭和女子大学准教授などを経て、2018年より現職。著書に『現代日本の私立小学校受験』(学術出版会)、『学生・教員・研究者に役立つ 進路指導・キャリア教育論』 (学事出版)、『進路形成に対する「在り方生き方指導」の功罪』(東信堂)、『小学校受験~現代日本の「教育する家族」~』 (光文社)など。国立教育政策研究所「キャリア教育に関する総合的研究」委員、日本学生支援機構「大学等における学生支援の取組状況に関する調査」「学生生活調査」委員、教職員支援機構「キャリア教育指導者養成研修」講師なども務める。
(文・小堀陽平・Totty/取材・撮影・西泰宏)
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